まぎかる゜火葬場

著作権/漫画/アニメ/ゲーム/映画や思った事を焼いて封印する場所

感想『映画 トロピカル〜ジュ!プリキュア 雪のプリンセスと奇跡の指輪!』 今一番大事なこと!それは文章を完成させること(昏倒)

見出し通り一気に書き上げただけあり、クソ長いので、時間がない方は読み進めた先にある目次から最後の雑感のところ(カジュアルな感想です)だけ見れば良いと思う!

 

待ち望んでたぞ、トロプリ単独映画…!ネタバレ感想です。

 

前作の『ヒープリ』の映画が新型コロナの影響で公開時期が一個後ろにズレてしまい、当時から無事に予定通り公開されるか、わりと心配されていた作品だが、何とか公開された…まずは一安心。

 

トロプリの映画は実は初ではなく、件のヒープリ映画の同時上映として短編映画的なのがあった。コロナ禍で恐らく、主役となっていたであろうオールスターズ映画がなくなってしまったトロプリが「今できる大事なこととは?」の疑問に対して、これでもかというぐらいに凝縮したアンサーを撃ち返す内容になっており、 何とか公開にこぎ着けたヒープリ映画と合わせて印象深い短編映画に俺の中ではなっている。

 

それとは別に今回、ようやく70分フルの単独映画として、公開されたのが『映画 トロピカル〜ジュ!プリキュア 雪のプリンセスと奇跡の指輪!』だ。

詳しく書くと、それだけで3記事ぐらい書けるので割愛するが、現時点では歴代シリーズでもトップで好きなトロプリの劇場版とあれば、すぐ観に行く以外の選択肢はなかった。*1

推しはローラとあすかです。

 

公開日である2021年10月23日…は待てなかったので、1週間前に開催された完成披露舞台挨拶に赴いて、先にお楽しみさせていただいた。今一番大事なことは!早く鑑賞すること!!!!!

ちなみに公開日当日にも2回目の鑑賞はしました。1回観たからもう落ち着いて泣かないで集中できるだろう、と思ったら2回目の方が嗚咽がダダ漏れひどいことになってた。

ムビチケまだ1枚残ってるので*2、どこかのタイミングで3回目観に行きます。

→12月追記
特別上映諸々合わせて、5回も見ることになった。上映中の同じ映画をここまで見るのは流石に初体験だ、エグい。

スポンサーリンク

 

観る前の雑感とか

なんというか、舞台設定に懐かしい感じはあったよね。こう…ちょっと昔のプリキュア映画的というか。具体的に言語化しようとすると、映画オリジナルの異国や異世界が舞台になるみたいなところ?スマプリとかあの辺の映画感。

まぁ、オールスターズ映画も含めればそういうの結構あるイメージだが、単独映画だと近年の流れ的には珍しい感じがする。

異国の王女だとかそういう人に招かれてみたいなところも、ちょっと前のプリキュア映画感あるな~と(そうでもないか?)

 

で、舞台は雪の王国と来た。一年中、心はサマーなあおぞら市が舞台のトロプリで、映画をやるならまさに正反対の性質を持った舞台しかない、スタッフのそんな心意気が滅茶苦茶伝わってくる。

よくよく考えてみると、日本って北以外は近年は雪は降ってもそんな積もらないよな~という感じはする。俺が小さい頃は、毎年冬はかなり雪が積もってた気がするし、雪合戦や雪だるま作りの思い出も強い。でも今の子供達にとって、そういった遊びができるほどの降雪は意外と馴染み薄いのかな、と勝手に思ってたりしていた。

そういう意味でも訴求力はあるのかな~。俺が興味を失っただけで実は昔と変わらず積もってるとかだったらごめん。

 

そして、なんと言っても『ハートキャッチプリキュア!*3の面々が本作にゲスト出演!海より広いプリキュアのコラボもここらが限界突破だぜ!

ヒープリの映画でも5gogoの面々がゲスト出演していたが、よっぽど好評だったのか、それともシリーズ20周年に向けた施策なのかはわからないが、現行作品の単独映画に過去作のプリキュアを積極的に出していくのを定番の流れにしようとしているのが垣間見える。5gogoもハトキャも人気だからだけかもしれないが。

 

と言っても、よくよく考えたら現行作品の映画に過去作のプリキュアが絡んでくるのは、程度や方式の違いはあれど、プリアラの映画*4から実は断続的に続いてたりするので(スタプリだけなかった)、それ自体はそんなに驚くことではないのかもしれない。

どちらかというと、トロプリとのコラボが何故ハトキャなのか、という部分がすごく気になった。ヒープリと5gogoのコラボも最初は首を傾げたが、映画を見てみると両作品のテーマがしっかり噛み合ったストーリーになっていたので(自信なし)、アレは納得はしたのだが。

 

ただハトキャに関してはTOKYO MXで絶賛再放送中だったので、俺にとってもトロプリと同じく現行作品ではあり、コラボはわりとちょうど良かったぞ!しかも最終回放送後の土曜日がトロプリの映画公開日という神がかったタイミングだ。俺は完成披露舞台挨拶に参加したので、完走する前に観ることになってしまったが…。

 

まぁこの「ちょうど再放送されてた」というのはあくまでMXの話でたまたまだとは思うので、コラボ理由の一つにするのは微妙かもしれない。

俺が知る限り、トロプリとハトキャは作風があまりにも真逆すぎるし(噛み合わなさそうという意味で)、この両作品に共通する要素もあまり見当たらない…というか見た目だけならフレプリとかも相性良さそうだなとは思ってるので、発表された当初は「ハトキャ…なぜハトキャ…?」と中々頭を悩ませたものだ。

普通に人気だから白羽が立っただけかもしれないが。

 

ちなみにハトキャ本編を見たことがない人は、絵柄やキュアマリンの存在から、トロプリのような作風を想像するかもしれないが、上述したようにハトキャはガチで重い作品である。俺がそう思っただけではあるが、少なくとも俺がこれまで見たプリキュア作品の中でも随一だ。

タイトルの通り「心」を扱う作品で、毎話描かれるキャラクターたちの悩みは全く朗らかな物ではないし、何よりキュアムーンライトの変身者であるゆりさんのドラマは特に熾烈で非常に過酷だった。

MXの再放送を見終わったので、小説版(ニチアサフィルターがかかってない)を今読んでいるのだが、尚更思う…。それはそうと、それが作品の厚みになっており、面白さにも繋がっているのはもちろんなのだが…。

 

トロプリとハトキャの扱う題材や作風が全く異なるのは当然なのだが、プリキュアという作品で絡める以上は何かしらの関わりがある物語になっているはず。しかし、鑑賞前はあまりにもシナジーを見い出すのが難しかったのは事実である。

不安が全くなかったわけではないが、この両作品のコラボの経緯がどうあれ、それでもプリキュアの秋映画は毎年、納得できる答えをちゃんと返してくれるという信頼は俺の中ではあったので、疑問は抱きながらもそこまで心配するのは違うなという感じもする。ただやっぱ、俺の大好きなトロプリなので、万が一のことを考えた時の不安はやっぱり無視できなかった…(信頼できてないじゃん!)

 

そんなこんなで完成披露舞台挨拶に赴き、トロプリライブ以来のトロプリキャスト勢を見届け(ファイルーズあいや石川由依が間近にいるの改めてすごい)、鑑賞をしたわけだが…。

 

重い

重い。それが1回目の鑑賞の感想だった。前半部分は明るい面でも見所がたくさんあったのだが(雑感として後述します)、最終的には「重い…重すぎる…」で塗り潰された…。

本編の作風が比較的明るくても単独映画のストーリーがわりと重くなるのは、珍しいことではないのだが(まほプリとか)、個人的に今まで見てきたプリキュア映画でも随一の重さだったと感じる。それをよりによってトロプリの映画でやられた、まずその衝撃なんだよな…。

スポンサーリンク

 

映画のキーとなるシャンティアの王女・シャロンの正体は、かつて存在した国が謎の隕石落下によって跡形もなく消滅(たまに彗星だったり統一はされてなかった気がする)、そして両親らの図らいで地下に逃されて生き残るも女王としての「今」を奪われた無念の"残骸"その物であった。事が起きたのは、まさにシャロンが「王女」から「女王」になり、国民に幸せを届ける・笑顔溢れる国を創る責務を果たそうとした直前という最大限の残酷さ。

断定されているわけではないが、シャロン以外の国民や家族も隕石によって全員死亡しているのだろう。追い打ちをかけるかのごとく、避難先の地下から外界へ戻ったシャロンはその惨状を見届け、絶望したまま雪に埋もれて死を遂げてしまうという*5、救いがあまりにもなさすぎる過去が語られた。

 

まなつ達が招待され訪れたシャンティアは、シャロンがあの時に果たせなかった「今一番大事なこと」を仮初でも成そうとした結果、形成された空間、いわば「仮シャンティア」と呼ぶべきか。

しかし、身体や念が残っていた自身、自身の記憶している物体や地形としてのシャンティアと違い、かつて側にいた国民や家族は隕石の謎の力でも本当の意味で蘇らせることはできない。

そこで、各国にいる人々を笑顔にできる芸達者(プリキュア含む)を仮シャンティアに呼び寄せ、無理矢理にでもシャロンが望む笑顔溢れる国の「国民」になってもらう、というのが目的であった。

 

当然、シャロンが相手の意志を無視して成そうとする「今一番大事なこと」は、招待された人々にとっては受け入れ難いものであり、目論見通り招待した人々が国民になったとしても、国民がそれで本当に笑顔になれるかどうかに疑問の余地はない。

その上、隕石のパワーが尽きればいずれシャロンは再び命を落とし、仮の国民もどうなっていたかはわからないだろう。かつてのシャンティアの二の舞になることだって考えてしまう。

全てはシャロンに力を与えた隕石依存であり、その隕石のパワーにも残量の制限がある以上、シャロンが救われる道というのは本当にどこにもないというのが、本作のシビアさだ。

 

そして、そんなシャロンの無念・悔しさに向き合う役割は、主にローラに割り当てられている。そう、TVシリーズ本編と同様に紛うことなき、ローラが実質の主人公だ。

TVシリーズ本編、まだ人間になることができなかった頃のローラは、トロピカる部の活動に積極的に参加しようとするも、人間である仲間とどうしても埋められない溝が依然としてあり、まなつ達と同じ脚で同じ地に着き共に日常を送るという「憧れ」は、ローラにとっての「今一番大事なこと」として非常に繊細に、そしてドラマティックに描かれた。

www.magika4.com

▲当時の俺がただの感情整理のために殴り書いただけなので、記事の質については保証が全くできません。

 

そして、強い想いとやる気によって解放されたパクトとリングの効果で、非変身時でも念願の脚を手に入れたローラはいわば「今一番大事なこと」を前向きに成し遂げることに成功したキャラクターであり、シャロンのそれとは全く正反対なのだ。

だからこそ、女王を目指すという志が一緒のローラとシャロンの交流が非常に大事な上に、仲間の存在でそれをもっと前向きに目指せるようになり、仲間が如何に自分にとって大事なのかを知っているローラこそが、仲間を理不尽な理由で失い何も成し遂げられなかったシャロンの痛みを一番理解(わか)ってしまう…。

仲間や来賓を傷つけようとするシャロンをローラが庇ってしまう十分な理由付けのために、トロプリらしかぬ、非常に重いテイストになっていた。

ましてや、映画公開時点では多少の負の側面を無視してでも、トロプリが全面的に肯定して描いてきた「今一番大事なこと」というテーマと、それを体現するキャラクターたちが救えない存在という衝撃は、トロプリへの情が強いほど、考えるのが辛いものである。

 

その上で成し遂げようとする「今一番大事なこと」

トロプリのテーマに反抗する形から構成されている本作品。もちろん、向き合わなかったわけではない。テーマに則して言うのであれば、シャロンの行き場のない「やる気」が目標とする事象をローラたちが叶えてあげるのが不可能なのは上述した通り。

本作品はその「やる気」をローラたちが継承するという形で、シャロンの「心を救う」という結末になっている。この「心を救う」はテストに出るので、よく覚えておいてください。

スポンサーリンク

 

そもそもシャロンの暴走の原因は何なのか。「国民を笑顔にできなくなってしまった」、それはもちろんそうだが、根本的には「寄り添う・寄り添われる仲間や家族」がいなくなってしまったことにあるだろう。別に使命ありきで動いていたわけではなく、寄り添いたい大事な存在が前提だ。

そこを解決することが、ブロッサムが言う「凍りついてしまった心を解かすことができれば…」につながり、そしてローラ以外のトロプリメンバーが言う「シャロンと心を通わせたローラならできる、まなつも側についている」ということである。

 

ローラがシャロンに対してできること、それはTVシリーズ本編でまなつ達が人魚のローラに寄り添ったように、ローラがシャロンに寄り添って「トロピカせる」しかない。シャロンがトロピカれば、凍りついた「心」は解けて、冬で止まった時がようやく春へ向け芽吹くのだ。

トロピカるぞ~っていうのはね、常夏の太陽みたいにキラキラまぶしい幸せな気持ちが、胸の奥からこうブワーっと湧き上がってくるような感じ!

-『トロピカル~ジュ!プリキュア』第1話より(夏海まなつ)

 

そして、そのローラができる寄り添い方は、同じく女王を目指す者として「歌」という形でシャロンが寄り添おうとしたシャンティアという国、その寄り添おうとした想いごとローラが引き継ぐというものだった。

ここでローラの、歌が得意でそれを全世界に知らしめようとするという野望を秘めたキャラクターも生きてくるし、しっかり映画の導入でそれを描写しているのも隙がない。

よく考えれば、ローラがかつてそのキャラクターで、さんごやみのりを前に進ませたのと一緒なような気もする。

 

シャロンの命を救うことは結局叶わなかったが(というか既に尽きている)、少なくともシャロンの無念や後悔を一番理解し実際に行動で示したローラが、その「やる気」即ちシャロンにとっての「今一番大事なこと」を継承する形になったのは、絶望の過去・今・未来しかなかったはずのシャロンにとっては十分に救われたのだろう。

幸せを願う気持ちに反応して光るという「スノーハートクルリング」は、シャロンの形見という役割だけではなく、シャロンがローラからの気持ちを受け取り確信するために機能していたのも良かった。立場や境遇が似ているとはいえ、会ったばかりの他人同士の二人が言葉と心だけですぐ理解し合えたら、70分という尺しかない本作では不自然になってしまうので、それよりかは理屈的な理由が用意されてる方が納得できる。

ローラにリングを渡したのも、ラストであすか達が「大事なものだからこそ誰かに受け取って欲しかった」「誰かに止めてもらいたかった」と推測をしている通り、シャロンがこの先に待ち受けている末路に気づいていたのだとすれば、暴走という形で飛び出してしまった抑えきれない「やる気」をローラに託せる物体として、非常にわかりやすい表現になっていただろう。

よく考えたらそんなクソ重い物を来場者特典で配るのも中々アレだが、リングはスノードロップのように世界中に広まることが大事なので、全然正解だ…。エンディングでもちゃんとローラたちがシャンティアの歌を色んな場所で広めてるカットありましたね。

スポンサーリンク

 

その代わりとして、TVシリーズ本編での積み重ねがあるまなつとローラの関係性は、期待通り真逆の方向で力を入れていたと思う。

戦わないといけないのにシャロンとの戦闘を拒み、ハトキャ組や仲間を危険に晒してしまったことによる自責のほか、シャロンに対してぶつけたい気持ちなどにも迷いが生じてしまったローラに対し、まなつが「それがローラにとって今一番したかったことなんだよね?」と肩を置くシーンは泣き腫らすしかなかった。何があっても、ローラの仲間はローラのやりたいことを一番に尊重してくれる。ヤラネーダが出現した時に本編で度々描かれた信頼の送迎…。

そして、ローラ自身がシャロンへ寄り添う前振りとして、まず、まなつがローラに寄り添う描写が活きてくる。

 

追い打ちは、まなつが「勇気を奮い立たせるメイク」をローラに施すシーン。だ、第1話~~~~~~!!!!!!!!そしてトロプリのテーマでもある「憧れ」を纏うことで困難なことにも立ち向かえるようになる「戦化粧」………!!!!

「こ、こんなコッテコテの『お前らこういう第1話とかの回収が好きなんだろ?w』で俺が感動してたまるか~~~~~~!!!!!!」と心の中で叫びながら塩っぱい液体と粘液でグショグショになるマスクを肌で感じて、もうなんというか…ズルい…そうとしか言えない…。

 

そう、トロプリと真っ向に反する作風と描写ながら、やっぱりトロプリという作品が積み重ねてきたテーマのリフレインと補強にしっかりなっている。

肯定的に描いてきたトロプリ性でシャロンを完全に救えなくても良い。その今まで積み重ねてきた「今」をもって、シャロンの燻った「今」を丁寧に拾い、シャロンハートをキャッチする。

そう、ここでハトキャとのコラボにつながる。

 

ハートキャッチプリキュア!

鑑賞前はトロプリとハトキャにそこまでの共通点が見い出せなかったのは先述した。今思えば、共通点から入ろうとするのが間違いだったと言えるだろう。

トロプリという作品でいずれは描かないといけない「今一番大事なこと」の負の側面を体現し、そしてトロプリ性だけでは救えないシャロンという存在。その作品を描く上で不完全な部分を補えるのがハトキャの面々ということなのだろうか。

 

2010年に放送された『ハートキャッチプリキュア!』は、メインキャラ・ゲストキャラ問わず秘められた負の感情、そこから起きる人と人同士の摩擦を徹底的に描き、逆説的にその心に寄り添おうとする作品だ。

「完璧に寄り添う」ではなく「寄り添おうとする」という点が重要で、ハトキャの作中ではキャラクターたちが抱える問題が根本的に解決したという描写はそんなにない(はず)。その問題によって生じる悩みが吐き出せないキャラクターに、他のキャラクターが不完全ながらも寄り添おうとすることで、問題はまだ解決できないが前向きに対峙できるようになる、というのが基本構成になっている。

この点は今回の映画でも、主にえりかとローラ同士のお互い自然に寄り添えないことによる摩擦という形で描かれており、えりかにはつぼみが、ローラにはまなつが側にいたorこれからも側にいることを再認識し、そりが合わないという点は変わらないが、二人とも本当の気持ちをお互いに吐露できるようになっていた。

スポンサーリンク

 

特に嬉しかったのが、この映画がえりかを本編のように「普通の女の子」として強調して描いてくれたこと。

えりかと言えば、オールスターズ映画などでのプリキュア像から大きく離れた奇抜な言動がよく話題になるが、本編を見ればわかる通り、彼女は徹底して「普通の女の子」なのである。

普通の女の子なので、他のプリキュア変身者ほど相手の気持ちを考えられずズケズケと自分のペースに相手を巻き込もうとするし、力と美しさを凝縮したプリキュアになったことに対して俗な側面を見せまくるし、すぐに調子に乗る。

悪い言い方をすれば、良い子だらけのプリキュア変身者からかけ離れたキャラクター。良い言い方をすれば、プリキュアに憧れる視聴者の感覚に他のプリキュア変身者より近い等身大の女の子。オールスターズ映画で異質な存在に見えてしまうというよりは、他の子たちのキャラがフィクション性が強いので(もちろん悪い意味ではない)、素のリアクションをするえりかが浮いてるとも言えるかもしれない。

 

今回の映画でも、他の3人と違って行方不明になったポプリより戴冠式のパフォーマンスを優先しようとするし(最終的に渋々ポプリ探しに向かうところも"らしい")、ローラが傷つくかもしれないことをズケズケ言ってしまう言動などが目立っていた。まぁそれはローラもある程度同じだが…。

他のプリキュア変身者ほど自然に他者に寄り添えないからこそ、他者に寄り添うことについて一番悩んでいるし、他者との距離感について考えもしているキャラクター。なので、ローラに対しては悪意はなく自分ができる最大限の接し方を試み、そして不十分でそれに失敗してしまったんだろうな、というのが本人の口から語られていると思うのだ。*6まぁえりかも言うようにそれはローラもある程度同じだが…。

 

ハートキャッチミラージュの存在や台詞から、本映画に登場したハトキャ組は少なくとも本編の終盤から先のプリキュアとして成長しきった時系列であるが、それでもやはりえりかは普通の女の子だよ、というのを変わらず描いてくれたのが、しっかり元の作品を大事にしてくれていて良かった。

普通の女の子だからこそ、パートナーとなるつぼみがえりかにとって、気づけないことに気づける、かけがえのない存在で、まなつとの会話からそれを再認識したえりかがローラに歩み寄ることで、ローラもほぼ同じことを心の中で再認識するという構造が丁寧だ…。

 

まとめてしまうと、えりかとローラのパートナーであるつぼみとまなつという存在を発端に、他者に寄り添うことが苦手なローラがシャロンに寄り添おうと試み(これ自体がローラの成長の過程と結果)、実際にトロプリ単独ではできなかった「心を救う」を成し遂げる導線も完璧で、これがハトキャ組が必要だった一番の理由なのかもしれない。

極めつけには「シャロンの中のスノードロップ」「スノードロップの変貌」「心の花」というハトキャ要素を上手く、トロプリがしたいことに補強の演出として絡めていたのもハトキャを知っている身からすれば評価が高い。

 

あと、『映画ハートキャッチプリキュア!花の都でファッションショー…ですか!?』との2本立て特別上映で続けて鑑賞した時に気づいたのだが、トロプリの映画とハトキャの映画ってどちらも「最早、しても意味がないことはわかってるけど、性質上止まることができない存在」と「それを止め、その存在に寄り添おうとすることで、共に前に進もうとするキャラクター」のお話なんですよね。

浄化技の謎女神による鉄拳制裁ではなく、優しく包み込むような演出といい、トロプリの映画はかなりハトキャ映画をベースに作られているのではないかと思ったぐらいだった。

長丁場でかなり疲れたが、俺がプリキュアにハマってない頃の映画をスクリーンで再上映してくれたことには感謝しかないっすね…。新たな発見も多く、なるほど、コラボ先がハトキャなことに自分なりの納得ポイントを作れた。

 

良くなかったところ

これは映画を観た人なら恐らく誰でも気になった点だと思うんですが………

 

 

 

 

 

 

 

歌唱シーンの口の動きおかしくね!!!!!!???????

 

 

 

 

 

終盤のラメールたちがシャンティアという国を歌に留めるシーンですね。なんだろう…こう…口のアニメーションが違和感のある形でぬるっとしすぎてるんですよね…。

ゲームで例えるなら、それまで30fpsで動いててカクカク感がメリハリあって迫力あるのが、いきなり部分的に60fpsのぬるっとした滑らかアニメーションになり、すっげえ気持ち悪い感覚というか…。たまに見かける「ドット絵を押し出しているゲーム」で、テキストのフォントだけ最新鋭の普通フォントになってて統一感のなさが気持ち悪いインディーゲームとか…。

 

あそこまで口をぬるっと動かすなら、それに伴ってキャラクターたちのアニメーションも枚数増やして激しく動作させる必要があると思うんですが(キュアソードの例の歌唱シーンみたいな)、基本的にみんな棒立ちだし表情を一切変えずに歌うもんだから違和感が凄まじい…。

意図した演出なのか、納期が足りなくてああなってしまったのかはわからないが、映画の最重要シーンで、しかもめちゃくちゃに尺を取っているシーンなので「気にしない」という選択肢を選ぶこともできない…。

 

幸い、2回目以降の鑑賞は事前にわかっていたので、ローラたちが歌に込めた想い、シャロンの凍りついた心が解けていく様子に集中できて、泣いてしまったのだが…。集中すれば心の響く、本当に大事なシーンだからこそ、もっと観客からどう映るかは気にして欲しかった…!

無理に前向きに考えるのであれば、力を入れる入れないの配分がおかしいのは、トロプリらしいと言えばそうなのかもしれない。

 

逆に言えば、個人的に悪かった点はそこだけで、他は完璧なのだが、このインパクトの大きい点だけで大幅に減点されてしまうのは否めないだろう。まぁ加点ポイントが余裕でオーバーフローするんですけどね!!!!!!

スポンサーリンク

 

その他の良かったところとか雑感とか

文章でまとめるのは無理なので、思い出しながら箇条書きでババ~っと(長いです)

プリキュア映画恒例の子供たちに向けた劇場マナー動画がない…寂しい…。

・ヌメリーが声付きで出てきたけど、プリキュア映画で本編の幹部がそのまま出てくるの珍しい気がする。

・ヤラネーダでボヨンボヨン遊んでるサマーがかわいい。呆れながら腕組んでるラメールかわいい…。

・ローラ「最近私の活躍が足りない気がして」←過剰なぐらい活躍してるだろ!!!!!!!

シャロンのCVの松本まりか、ちょっとアニメの声として聞くには少し…と最初は感じたが、本性を表した時の声のドスがあまりにも良すぎて、もうこの声じゃないと嫌になってしまった…すごい。

・メッセージ掛け軸(?)シャロンのマスコットアバターが天使の輪っか付けてるんですけど、もしかしてこれって既にシャロンが命を落としているという表現?

・雪の国というワードに興奮して、唾めっちゃ飛ばしてそうな勢いでがっつきながら喋るまなつ、本当にまなつなんだよな…。

あすかの秋服っぽいのなんだこれ!!!!!!かわいすぎんだろ!!!!!!お前!!!!!!!!!!

あすかが席取りジャンケンで負けるも、みのりが移動して一緒になってくれるの滅茶苦茶いい!!!!!!!!!!!嬉しくてみのりに飛びつこうとするも避けられるのかわいい!!!!!!!!!!

「しゃあねえな~付き合ってやるか~」みたいなこと言っておきながら、なんだかんだで一番ウキウキで雪国を楽しんでるあすかかわいすぎ!!!!!!!!!!!!!!

なんというかOP流れてる時の列車のワチャワチャが良すぎて、ハッキリ言ってもうこれだけで大満足なのだが、映画はまだまだ続く…。

・列車が謎の宇宙空間に突入して異世界っぽいところに行くの、まほプリのカタツムリニアすぎて、シャンティアってもしかして魔法界の一部分なんじゃねえの?とか思ってた。

・凍え死にそうになるまなつに対して、あすかが「寒いってわかるか?」ってナチュラルにバカにしてるの最高すぎて笑った。この先輩後輩マジでお互い遠慮しないから、ほんとすき。

・「くるる~ん!!!(雪の上ではしゃぐ)」←ガチで素で存在を忘れてたので、申し訳程度にいきなり出てきて笑った。

・モコモコスーツのトロプリメンバーかわいい~~~~~~~!!!!

シャロンに対して礼儀正しいローラにみんな驚いてるけど、ローラってまなつママとかの目上の人に対しては最初からそこら辺は徹底してたよね。

・ハトキャ組、特に前触れもなくいきなり出てきて笑う。『Pokémon Evolutions』のイッシュ地方にいきなり出てくるピカチュウかよ!?トロ部と一緒でデザトリアン浄化して誰か助けたところをホワンに見込まれたんだろうか…?

・まなつから始まる自己紹介シーン、本編でルーツを知った後だとジンワリ涙腺に来る。

・つぼみが眼鏡してるので+10000000000000000000点(眼鏡のつぼみ滅茶苦茶すき、かわいい)

・雪合戦のいつきとゆりさんが明らかに強者の動きなので、とても良い。

・ファッションを通したさんごとえりかの絡み、オタクが見たかったヤツ!!!!!

・雪で遊ぶシーン、あすかの映ってるシーンはほぼ超楽しそうな笑顔。かき氷食ってる時なんて、顔がすげえトロケてますよ!!!!ゆりさんと合わせて、あんなに他メンバーと距離を取っていた年長組が本当に心の底から楽しんでる姿を見て、楽しいシーンなのに涙が止まらなかった。

・同じ作品内のプリキュア同士が険悪な感じになるのは、それはもう何回も見てきたが、えりかとローラのように別作品同士だと流石に初めて見た気がする…。片方の作品しか知らない人がもう片方をどう思うのかすげえヒヤヒヤするよ!!!!!まなつも声がちょっとムッとなってるのも好き。

・ローラが「なかよしのうた」歌ってる…😭

・ローラもくるるんもこんな寒そうな国で泳ぐの大丈夫なのか?と思ったけど、海底って多分元から寒いだろうから、人魚とかに戻ってる時は大丈夫なのかな。

・しれっと大ジャンプから綺麗な着地決められるローラのヒレ、筋肉が付きすぎてるとしか言えない(ヒレ立ちもできるし…)

・ローラのグランオーシャンへの思いや女王への憧れ、ランドハートクルリング回の後だと、別の文脈が乗ってしまい素直に見れなくなってしまった…。

・まなつに先駆けて(?)シャロンがローラに指輪付けるの、まなロラ(CP概念)的にはとても耐え難いのだが、なんというかシャロンの背景を知るともう仕方がない…。

・シプレとコフレ、パートナーのプリキュアのメンタルケアができる妖精としてガチで出来すぎている…。流石、心の大樹生まれだぜ…。

・えりかとローラの仲直り、本当に二人は純粋な子なんだな…。

・「やっと変身か~バンクはフルで流すのかな?」と思ってたら、不意打ちを食らった。まさかの追加パート盛り沢山書き下ろし変身BGM!!!!!!映画だからゴージャス!!!!!

・コーラル「ペケ~~~~~><」←あっっっっっざと!!!!!!

・シームレスな「おてんとサマーストライク」使用シーンに、劇伴の「やる気はムテキ!トロピカル~ジュ!プリキュア」が良すぎて脳汁がヤバイ。

・「えりかっ!その言い方、まるで悪者みたいですよ!」←これCM限定の台詞だったんかい!!!!!!嘘予告!!!!あと、ここの「えりかは相変わらずだなぁ」みたいな顔のいつきと、ドヤ顔のゆりさん超すき。

ハトキャの変身BGMもまさかの全部書き下ろし!!!!!!??????????しかもそのまま戦闘シーンのBGMにシームレスに繋げるの!?(めっちゃビックリした)

・それはそうと、この映画のハトキャ組ってキャラデザはトロプリに混じっても違和感ないように多少調整されてるはずなので、バンクとのデザインの違いが少し気になる…かもしれない。

・トロプリ組については知ってたようだが、ハトキャ組が変身すると「ハートキャッチプリキュア…?」と疑問符を浮かべるシャロンを見て、もしかして別のことで来賓としてスカウトされたんだろうか、とか考えてた。

・なんで2チームは速攻で技合わせられるんだよ!!!!!と思ったけど、まなつ達が何故かシャンティアの歌を教わってないのに歌えていたことから、きっとプリキュア同士は心の中で意思伝達できるんだろう、多分…。

・劇伴があまりにも良すぎるので、早くサントラをレンタルしたい…。というかこの戦闘シーン、終盤にやるヤツだろ!!!!

・ゆりさんの隕石の説明、完全に「知っているのか雷電」感がある。

・ブロッサムの「堪忍袋の緒が切れました!」は本編通り顔アップでやって欲しかったけど、知らない人からするとちょっとギャグに映ってしまうかもしれないから仕方ないのかな。

シャロンの拘束メテオビームでコーラルのペケバリアが破られているが、ペケバリアがなかったらトロメンバーもまとめて地下牢行きで詰んでた可能性が高いので、地味ながらナイスバリアだ…。

・パパイアがビーム撃った時のシャロンの「えっ…何それ怖…」みたいな表情すき。

・牢屋に閉じ込められるハトキャ組、まほプリの時にやってたオールスターズ映画の『奇跡の魔法』を思い出す…。

・ドアを一緒に押そうとするくるるんちゃんかわいいね…小さいおててがキュートだね…。

・ブロッサム「人は誰しも自分だけの心の花を持っています」←これって他作品のキャラにも適用されるのか…?(設定競合)

・ブロッサムの「凍りついてしまった心を解かすことができれば…」に対するフラミンゴの即「よし、それをやろう」で一瞬「えっ?」ってなるハトキャ組に作品の違いみたいなところが感じられて良い。

シャロンの圧に飲まれそうになるラメールをガッツリ腕をキャッチして支えるサマーと、その寄り添ってくれる仲間がいないシャロンの対比がとても辛い…。ラメールに言葉で突かれて、シャロンの髪が繊細に徐々に崩れ、暴走を始める動揺とかの心情描写もテクニカル。

シャロンが召喚した怪物、ビジュアルが絶妙にハトキャとかに出てきそうな感じだ…。

・新フォーム、どう見てもスーパーシルエットだし、浄化技はハトキャの謎女神召喚だし、完全にハトキャ見てる前提なの思い切ってる…。

・恐らく諸外国から来た来賓たち、一斉にあおぞら市に強制送還されてるけど、微妙に迷惑だ…。ちゃんと帰れたんだろうか。

・今更気づいたんですが、一年中が真夏のあおぞら市を出発点にすると、次が秋服→冬のシャンティア→芽吹く春のシャンティア→夏のあおぞら市と、ちゃんと登場する季節が順番になってるんですかね…これ?

・ローラ達の歌唱を観に来たハトキャ組に混ざって、まさかの薫子さんゲスト出演。地味に嬉しいファンサービス。トロプリ側はプリキュアが5人いるから、薫子さんも変身して合わせよう!歌唱を行うイベントも後日の開催のはずなので、ハトキャ組はわざわざまたあおぞら市に来てくれたんですね…。えりかデザインの服もあるからか。というか時空が都合の良い感じに入り乱れてると解釈するにしても、世界観とか時系列とか色々どうなってるんだ…(野暮)

・最初は気づかなかったが、観客の左下あたりに確かにヒープリ組と思わしき3人がしれっとカメオ出演してた…。サマーはヒープリ最終話で会ってるし、短編映画でも一緒に踊ってたっぽいので、面識というか交流は一応あるんだろうか。アスミやヒーアニはいなかったので、ヒープリ最終回後の時系列と考えるのが自然か?

・ステージに立つトロメンバーの髪型(特にみのり)がヤバすぎて笑ってしまった。後から気づいたんですけど、これ多分シャロンの髪型で統一してるんですかね…。エモいはずなんだけど、まず面白さが先に来てしまうよ!

・ブロッサム(CV:水樹奈々)の「芽吹く春~♪」が美声すぎて、毎回笑っちゃうんですよね…流石奈々様だ…。

・ところで勝手にシャンティアの歌をこんなノリノリにアレンジして大丈夫?編曲権は?演奏権諸々はJASRACとかにちゃんと申請した?いや管理事業者に委託してないから、シャロンが消える直前のやり取りで許諾が取れたと言えるか。しかし、シャロンの死後における人格権の保護的にもシャロンがこのアレンジに納得しない感じだったらどうする?と無粋すぎる心配をしてしまったが、よく考えたら日本政府がシャンティアと国交があるとは思えないので条約上の権利義務を負わないし、そもそもシャンティアの歌自体は代々歌い継がれてきたという説明から昔すぎてパブリックドメインになっているかもしれないし、問題にはならないか。すみません著作権好きとしての血がどうしても騒いでしまいました…。

 

そして最後の最新映画予告は…

「2022年秋、公開決定!」

 

 

 

 

 

春映画ないの!!!!!!!!???????????

 

え、待って?ということはトロプリ本編が終わったら、しばらくトロプリ供給が断たれる可能性大ってこと????????????ちくしょう!!!!!!!!永遠の後回し決めるしかねえ!!!!!!!!!!!!!!!!!なんでだよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!

 

総括

俺の好きなトロプリで、映画の出来がアレだったらどうしよう…という不安を全然払拭する感じでした。個人的には、キュアモフルンやオルメモの次ぐらい…ミラクルリープとかと同じぐらいに良かったですね…。

しっかり、トロプリのテーマを違う形とはいえ突き詰め、足りない部分をコラボ先のハトキャで補う。非常に重要な歌唱シーンが残念なことになってるという点がどうしてもチラついてしまいますが、そんなものは全部吹っ飛ばせるぐらいには、それ以外の描写の積み上げが丁寧だったと思います。

 

というわけで、1回目は完成披露舞台挨拶、2回目は初日(フォロワーと行った)、3回目はハトキャ映画との同時上映、4回目はスタッフトーク付きの上映、5回目は余ったムビチケを消化するための最後の回、とハッキリ言って好きな映画だとしても普通にキツい回数で涙もこれじゃ枯れ果ててしまうよ、と思いきや、観る度に新しい発見、そして本編が進むと意味が激変するシーンの連続で、毎回泣きポイントがコロコロ変わる珍妙な体験となりました。

 

ところでアレなのが、本来なら2回目の鑑賞直後ぐらいに感想を書き上げて記事を投稿するつもりだったんですが、俺は夏海まなつと同じでとにかく目の前の「今一番大事なこと」を真っ先に楽しむタイプの人間なので、長丁場になる文章作成をズルズルと「後回し」キメまくった結果、もう上映を終える劇場がほとんどの中での投稿になってしまいました…これがテーマ性…!?

かといって、5回も観ておいてポシャるのは絶対にないので、もう徹夜で頑張って書いた感じです。良かったら記事の拡散と、まだ映画を観てない人はすぐ観に行ってください、よろしくお願いします!!!!!!!!!!終わらないでくれトロ!!!!!頼む!!!!

 

(15840字)


*1:お前が一番好きなの『魔法つかいプリキュア!』じゃないの?と言われそうだが、まほプリはもう聖域というかプリキュアに限らず関係ない全作品を統合しても同じレイヤーで語るのが不可能な存在になってるので、こうなってるのはお許しいただきたい。←早口で言ってそう

*2:各特典が欲しくて余らせた。

*3:公式略称は「ハトプリ」みたいなのだが、昔からの慣習で俺は「ハトキャ」で慣れてるので、この記事では「ハトキャ」で統一します。

*4:まほプリの短編映画にもキュアフローラ出てたけど、特殊すぎるから置いておいて…。

*5:シャロンが死亡したというのも断定はされていないが、前後の流れ的にそうとしか言えないだろう。

*6:実際、ハトキャ第1話~第2話はその辺のえりかのコンプレックスや葛藤が描かれている。